【月間やうがし3月号】youtubeは持たざる者の主戦場

月次報告

 今月も3月が終わるということで、月次の活動報告を行いたい。

今月反響のあったコンテンツ

 年度末は退職が増えるのか公務員関係の記事が伸びる。公務員になる人は9割は公務員の世界しか知らない人間であるから、おそらく他の世界に飛び出した人間がどうなっているのか興味があるのだろう。

今月の活動成果

〇 今月のアウトプット

ブログ(記事数)youtube(動画数)youtube登録者数
3月1531

 今月は時間があったのでyoutube投稿を頑張った。1年前に撮影していた動画データの供養として、今月中に「車で北海道一周タイムアタック」シリーズを形にすることを目標に動画編集を続けた。最後までやり抜いたことに対する達成感はとても心地がよかったが、目標を達成した瞬間次のベンチマークを失い、喪失感に駆られている。何か目標に向かって血眼になって疾走している瞬間は非常に辛く険しい道であるが、目標を達成した時にはじめて人生に充実感を与えてくれるものに変化させられる。そしてやり切った後には喪失感に襲われている。この①辛さ→②充実感→③喪失感のサイクルは人生に何度か経験しており、結局人生はそんなサイクルの繰り返しなんだろうと思う。

 撮りためている動画データはまだまだあるものの、企画として成立しないものばかりで、俺が見ていて面白くないため、お蔵入り。自分の出すアウトプットの一番のファンは自分であり、自分が見たくないものにファンはつかない。

youtubeは持たざる者の主戦場

 youtubeは何も持っていない者が戦っていける数少ないプラットフォーム。俺のように何もない凡人が主役になれる場であり、みんながこぞって人生の主役感を演出する場。一方でyoutubeは何かに秀でている人間のアウトプットもたくさんあり、この混沌加減がまさに世界を表しているように思える。

 一年前にタイを放浪していた時、俺にとって何の価値もない花を数百と作って通行人に勧める人がたくさん目にしてきた。聞くところによると何年も同じ場所で同じ花を売っているというから、おそらくその花輪を買う人もいる。そこで感じたのは市場で価値を決めるのは消費者(通行人)であるものの、市場を作るのは自分(花輪売り)であるということ。だから市場に出すアウトプットは多くの人から見れば価値のないものであっても、自分にとって価値のあるものであればよい。自分の出すアウトプットは他人軸ではなく、自分主体で考えていいということと、自分が価値があると思うものは必ず誰かの価値になるということを学んだ。だから他人目線の前に、自分主体で価値のあるものをアウトプットしなければならない。これはyoutubeをはじめとしたマーケットでも同じことが言える。

人の人生は立派なコンテンツとして成り立つ

 どんな考えの人がどんな行動を起こして、どんな結果になったのかという誰かの人生そのものは誰かにとって学びになる。なぜなら、学びも行動もしない人間が多いから。前職の公務員の職場では毎日同じことひたすら続けて定年を迎える人間が大半だった。おそらくこれは公務の職場だけでなく、日本全体に共通して同じことが言える。だからひたすら行動し、もがき続けた軌跡は誰かにとってコンテンツとして成り立つ。

アウトプットがないなら何もしていないのと一緒

 自分の人生においてとった行動、失敗、軌跡は誰かにとって価値になる。一方で、それが発信されなければ、人に届かないためそこに価値が発生しない。誰かのアウトプットは誰かのインプットになるが、そもそもアウトプットがないならばずっと寝ているのと一緒で何もしていないのと同じに考えることができる。

効率の大切さをここにきて知る

 人生は有限であり、一人の人間が一時間単位で生み出せるアウトプットには限界がある。だからこそいかに時間を有効に使うかが求められる。アウトプットの量を考えたときにはじめて時間の大切さと効率の大切さを気づくことができた。

 引き続き俺が自由に生きていく人生を発信していきたい。

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