元国税徴収官が土曜ドラマ「ゼイチョー~払えないには訳がある~」について語る(第2~3話)。

コラム

 元国税徴収官の立場から、土曜ドラマ「ゼイチョー~払えないには訳がある~」(第一話)の感想を綴った記事が好評だったので、2~3話までの感想の記事についても、引き続き書いていきたい。

 第一話の感想と解説をした記事は、興味があれば是非、見てみてほしい。

元国税徴収官が土曜ドラマ「ゼイチョー~払えないには訳がある~」について語る(第1話)。
元国税徴収官が土曜ドラマ「ゼイチョー~払えないには訳がある~」について実体験を元に感想を語ります

 因みにこのドラマはTVerの見逃し配信で一気見できるので、まだ見ていない人は是非見てみてほしい。

残業

 ドラマでは残業をしない主人公の描写があった。実際に残業をしている徴収職員は少ない。ただ確定申告時期など、繁忙期が年に数回あるが、その期間中には毎日残業することがある。

生活保護者のパチンコ、年金受給者の生活に対しての憎悪

 ドラマ(第2話)の中でパチンコ屋で働く滞納者が、日々の生活費を支払うことに精一杯な自分と比較して、生活保護者や年金受給者の余裕ある暮らしに妬みを募らせるシーンがある。

 生活保護者と年金受給者のパチンコ遊びの現状は確かにあるし、その人たちより可処分所得が少なく苦しみもがいている人もたくさんいる。世の中不公平なことは確かにあるから、自分より恵まれている人に対して妬む気持ち、そう考える思考回路は理解はできるが、それを考えてもあまり意味はない。なぜなら他人が幸せだろうが、不幸だろうが、自分の幸福度に関係しないから。他人がどう生きようが死のうが、自分の人生に言ってしまえば関係はない。他人じゃなくて自分に目を向けるべき。

「払わない」を許す徴収職員はいない

 パチ屋従業員の滞納者が、世の中に不信感を覚え、税金を「払わない」と言っているシーンがあるが、「払わない」は徴収職員にとって戦争宣言をされているようなものである。

第百五十一条 
 税務署長は、滞納者が次の各号のいずれかに該当すると認められる場合において、その者が納税について誠実な意思を有すると認められるときは、その納付すべき国税につき滞納処分による財産の換価を猶予することができる。

 税金はの強制的回収手続きは、①差押により財産を「保全」、②公売による「換価」、③公売代金を滞納国税に「充当」する、といった流れで進んでいく。納税に対する誠実な意思がないなら、上記のとおり換価の猶予も検討さえできない。「払わない」と言っている状況の場合、納付を待っていても納付されないのだから、即刻滞納処分と換価を行うしかないのは当然の話。

 世の中には納付できない人がいる一方、納付しない人もいる(厳密にいえば納付しようとしない人も)。そういった思想に至る経緯を聞けば、きっとその思想を持つことについて理解はできると思うが、それは当然日本で通用しない。

当然だけどこんなにいい話にまとまらない

 ドラマではそれぞれの話が最後に綺麗にまとまる。紆余曲折あった後のハッピーエンドにあふれかえっている。

 徴税の修羅場をたくさん経験して感じたことは、世の中バッドエンドの方が多いということ。この世界で仕事をして、もう綺麗事なんて言えなくなったし、「不幸な人には不幸が降ってくる」「金のある人には金が集まり、金がないところにはそれを更にむしり取るような奴が寄ってくる」といったような、残酷な世界が現実であることを知った。ハッピーエンドになるのはごく僅かなケースである。

 ただ思うに、自分の人生をバットエンドにするかハッピーエンドにするかは、結局のところ自分次第。徴収官が関わる人生のクールではバットエンドで終結する人も、人生は100歳まで続く。その時はバットエンドでも、それをハッピーエンドの過程にしてしまえばいい。

同期の自殺

 主人公の財務省時代の同期が自殺している描写がある(第3話現在では理由はまだ明かされていない)。

 俺は職場で自殺者が出たという話は聞いたことがない。国税職員は全国に約55,000人いるそうなので、日本の自殺率を考えれば恐らくいるのであろうが、闇に葬られているのか表には出てきていない。職種上、国民の反発を買いやすいのは確かだし、ストレスは溜まるから、休職者は結構いる

 俺も精神科を受診しに行ったことが、病院の自動ドアの入口が開いた瞬間、「今まで職場で積み上げてきたものが壊れる」と思って、泣きそうになりながら引き返した経験がある。だから結局受診はしなかったが、あの頃は壁のシミを見続けるだけで土日が過ぎていたし、受診したら診断書を貰っていた自信がある。

かわいい

 山田杏奈がひたすらかわいい。公務員の職場は基本的に男社会だから、かわいい女性はもちろん、女性であればみんな基本的に滅茶苦茶モテる。職場を見て俺も女性に生まれればよかったと人生で初めて思った。最近では女性の育休充実、管理職登用も進み、女性であることのアドバンテージは昔より格段に増えているのは間違いない。

 あと俺は職場人生で後輩ができなかったので、こんな後輩と同行することに憧れる。

納税課は嫌われるけど「誰かの役に立っているはず」

 市民の役に立ちたいと願う熱い思いを持った職員が、徴税吏員だからという理由で滞納者から悪態をつかれ、思い悩んでいる。そこで同僚からかけられた言葉が「自分たちの仕事は、どこかで誰かの役になっているはず」であった。

 このように思い悩むのは新人のうちのあるあるだと思う。どこの会社に行っても、新卒時代は自分の理想と現実が乖離すると思う。俺は滞納者と会ったとき「運気が下がる」「疫病神だ」と言われたこともある。
 でもぶっちゃけ、仕事は正しいことをしているから、どんなに厳しいことを言われても、言ってもフォローしてくれる上司、先輩がいれば、仕事だと割り切れる。やっていることは正しいのだから、独りでなければ自分の正義を信じて仕事を続けることができる。ただ身内でそういった環境に恵まれなかった場合、そうはいかない。

 民間営業マンを退職した友達も同じようなことを言っていたことがある。外で厳しいことを言われて帰ってきて、内でも居場所が無かったり否定されれば、そこで存在意義を失うとかなんとか。

 だから結局市民に嫌われようが好かれようが、身内(職場内)がどういった環境であるかによって、乗り越えられるのかどうかが変わる。それも多感な若いうち程、どういった身内と過ごせるかが大事。年を取ったら良くも悪くも感受性が鈍るから、そんなことで悩むことは無くなる。

 ただ思うに、人の役に立っていることが実感できていれば、きっと俺は国税を辞めてない。仕事のレスポンスが外からは感謝ではなくヘイト、内からは無であれば、当然俺のように仕事に無意味さを感じてしまう人は多いのではないだろうか。一方で、俺の同期の離職率は少ないから、結局人によるのかもしれない。

滞納処分の停止(徴153①)

 ドラマでは滞納処分の停止を懇願する滞納者に対して、滞納者が申請するものではないと職員が説明する描写が描かれていた。

第百五十三条 
 税務署長は、滞納者につき次の各号のいずれかに該当する事実があると認めるときは、滞納処分の執行を停止することができる。
一 滞納処分の執行及び租税条約等の相手国等に対する共助対象国税の徴収の共助の要請による徴収をすることができる財産がないとき。
二 滞納処分の執行等をすることによつてその生活を著しく窮迫させるおそれがあるとき。
三 その所在及び滞納処分の執行等をすることができる財産がともに不明であるとき。

 自主納付がされない場合、納税義務の強制的履行の実現手段として出てくるのが滞納処分であるが、その滞納処分を保留する(棚上げする)のが滞納処分の停止である。この処分をするかどうかの判断は税務当局が行う。

 また、滞納処分の停止がなされても、原則として納税義務は残り続けるから、資力が回復するようであれば納付をしなければならないし、停止をしたからと言って、滞納している状況に変わりはない。

 ドラマの説明でもあったが、当然国民の三大義務の「納税」に係る滞納処分を棚上げするのだから、よほどのことがない限り、できる処分ではないと想像するに容易いと思う。

過去にとらわれている人

 国からの子育て支援制度について頑なに受けようとせず、過去の約束に縛られ生きるシングルパパ(滞納者)の描写があった。

 経営者を見てきて意外にもこのタイプの人間は多いように思う。過去に縛られ、急な舵切ができないタイプ。 

 似たような話でラチェット効果というものがある。生活レベルを上げたら赤字になっても、元の生活水準に戻せない、一度広い部屋に住んだら、狭い部屋には住めなくなるといった心理のことである。
 最近は特に時代が進むにつれてニーズの移り変わりも早いから、その時々のニーズに対応して経営の形も変えていかなければ、市場で優位に立てない。だけど、一度華やかな時代を築いてしまうとその成功経験から、いわゆる「オワコン」になっても、過去の栄光が忘れられず方向転換や廃業の判断ができない人は多いと感じる。

上層部「数字、数字、数字」

 ドラマでは財務省から出向で来た副市長が、滞納残高を減らすことに躍起になっていて「捜索と差押えをしろ」マンと化している。悪く言えば数字にとらわれている描写があった。

 この点は国税組織にも共通している。滞納整理の現場は税務署であることが多いが、それを監督する国税局徴収部は滞納残高の圧縮が存在意義であり、国民から与えられた使命あることから、簡単に言えば「もっと差押しろ」と税務署のケツを叩きまくっている。国税徴収法上は、督促状を発布して10日を経過した場合には差押しなければいけないこととなっているため、当然の話ではある。なお、督促状は納期限を過ぎてもなお納付されない者に対して原則50日以内に発送する。

国税徴収法 第四十七条 
 次の各号の一に該当するときは、徴収職員は、滞納者の国税につきその財産を差し押えなければならない。
一 滞納者が督促を受け、その督促に係る国税をその督促状を発した日から起算して十日を経過した日までに完納しないとき
国税通則法 第三十七条 
 納税者がその国税を第三十五条又は前条第二項の納期限までに完納しない場合には、税務署長は、その国税が次に掲げる国税である場合を除き、その納税者に対し、督促状によりその納付を督促しなければならない。

一 ~省略
二 ~省略
2 前項の督促状は、国税に関する法律に別段の定めがあるものを除き、その国税の納期限から五十日以内に発するものとする。

 俺もケツを叩く側にいたが、俺みたいな下っ端が上司クラスの管理職員のケツを叩くので、かなり気が引けたし、当然舐められた。

 一方でドラマにも出ていたように、本当に一括納税ができない者には、猶予制度の適用など、現況にあった納付の方法を模索して、法律を適用していくことが仕事でもある。確かに数字だけを見れば、差押えを増やすことは滞納圧縮の近道かもしれないが、俺は実際誰よりも結果を出してきた経験から、数字を出すこと=差押えが全てではないという考えを持っていて、上層部の考えに少し疑問を持っていた節がある。今回のドラマの主人公の葛藤は、まさに当時の俺の葛藤を映しているようで、共感する部分も多く、懐かしく感じた。

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