元国税の目線からドラマの感想を語るシリーズのブログPVが伸びている。国税組織の中でも税金を「徴収」する部門の人間が、このように発信することが少ないからなのだと思う。
国税組織の中でも「徴収(滞納整理)」を行う人間は全体の15%程度(体感)に留まり、その母数が少ない。納税者の内、滞納者となる割合が少ないから人員も少なくなる。
国税組織の中には下記の部門があり、それぞれ違う系統の仕事を行っており、その系統は採用から定年に至るまで原則変わらない。
部門 (系統) | 主に扱う税法 | 仕事内容 | 職員の従事割合(体感) |
個人課税部門 | 所得税法、消費税法等 | 個人事業者の申告内容が正しいか調査する部門 | 30% |
法人課税部門 | 法人税法、消費税法等 | 法人の申告内容が正しいか調査する部門 | 30% |
資産課税部門 | 所得税法、消費税法等、贈与税法、相続税法 | 贈与、相続、譲渡など資産の異動に係る税金を調査する部門 | 10% |
管理運営部門 | 全て(主に国税通則法) | 申告書、届出書、還付及び徴収決定処理を行う部門 | 15% |
徴収部門 | 国税通則法、国税徴収法、民法、破産法等 | 国税の滞納整理を行う部門 | 15% |
徴収は組織の中では花形を奪われた弱小部門(系統)となるから、ドラマで取り上げてくれていることをうれしく思う徴収職員は多いのではないだろうか。
さて、今回も前回に引き続き土曜ドラマ「ゼイチョー~払えないには訳がある~」について、4~5話の感想を綴っていきたい。前回の記事は下記のとおりなので是非確認してみてほしい。
因みにこのドラマはTVerの見逃し配信で1~3話及び最新話が見れるので、まだ見ていない人は是非見てみてほしい。
第1話
第2~3話
身分を隠す
ドラマでは主人公が取材記者から「どこの人?」と身分を尋ねられ、しどろもどろし、結局有耶無耶にして返答しないシーンがある。
滞納整理の現場でも滞納者自宅に臨場した際、ご近所さんにどこの人なのかを尋ねられ、有耶無耶にするシーンは結構ある。「税務署です」と言っても何の法律にも抵触しないが、ことを穏便に済ませたい俺は「税務署」と言わず「役所」と言って、そういった場面を切り抜けていた。下記のとおり嘘ではない。
役所 やく‐しょ【役所】 役人が公務を取り扱う所。官衙かんが。官庁。役場。 出典:広辞苑無料検索より
別に身分を隠す道理も義理も法律もないんだけど、組織内では身分を隠そうとするのは不思議な文化があったりする。ただここで「郵便配達員です」と言えば身分詐称?となるので注意が必要である。
妻、親に資金管理を任せている
ドラマではサッカー選手の滞納者が資金管理を全て妻に任せており、滞納の存在について把握していなかった。妻から実は滞納があると聞いたとき「なぜ教えてくれなかったんだ」とひと悶着するシーンがある。
これはよくある話。自分では滞納となっていることを気づいていないタイプ。裏では妻が資金管理していて、納付を忘れていた、へそくりに費消していた、散在していた等たくさんの事情で納付にまで至っていないことが現実にある。
国税の納付義務を負っているのはあくまで滞納者本人なので妻の過失で納付がされていなかったとしても、取引先調査や滞納処分を受けるのは滞納者本人であることから、この資金管理体制は超危険。「なんでいきなり差押えられるんだ」と税務署に怒鳴り込んでくる人がいるが、妻との再三にわたる話し合いの結果が共有されていないことを知ると微妙な顔で帰っていく人がいる。そういった人にはならないでほしいと思うとともに、お金面は経営上最も大切な面であるので、せめて納税面だけでも自分で管理する体制を整えることが必要であると思う。
分納、分納、分納
ドラマでは、徴収率最下位の納税三課にスポットを当てているため、ドラマの設定としてあまり厳しい話をしないのだろうが、何かにつけて分納手続きの案内をしていることに違和感を感じる。納税は期限内一括納付が原則なのは言うまでもなく、単に分割納付といっても下記法律の要件全てに該当しなければ、基本的に分割納付を認めることができない。
第百五十一条の二 税務署長は、前条の規定によるほか、滞納者がその国税を一時に納付することによりその事業の継続又はその生活の維持を困難にするおそれがあると認められる場合において、その者が納税について誠実な意思を有すると認められるときは、その国税の納期限から六月以内にされたその者の申請に基づき、一年以内の期間を限り、その納付すべき国税につき滞納処分による財産の換価を猶予することができる。
上記のとおり、国税を一括納付することでその滞納者の事業継続を困難にするおそれ又は生活困窮のおそれがあって初めて分割納付が認められる。だから現場では「初めまして」の次に分割納付の案内をするのはなんてことはしないし、滞納者の資力や生計の状況を審査した結果、要件に該当しないことが多分にあるから、軽々しく分割納付を認めると言えない。
地方税の徴収の現場に立ったことはないが、仮にこのような現場感覚であれば、逆を言えばもっと税収を上げる余地が多分にあることになる。ただ、地方自治体は毎年国から巨額の財政支出(地方交付税交付金や国庫支出金)を受け運営している現状があるから、地方税収の減少分は国から補填されてしまう。言い換えれば徴収しようがしまいが、トータルの歳入は同じだから、やる気はなくなるのではないかと推測できる。この点については何がモチベーションになっているのか地方税の徴税吏員に聞いてみたい。
そして一番伝えたいのは、分割納付はある意味劇薬と一緒であるということ。分割納付が認められているということは、基本的に手元のキャッシュが無いはずだから、今後の期待される収入から毎月の分割納付金額を捻出しなければならない。仮に今までの収支サイクルが続く場合には結局一年後同様に滞納となるのだから、現状維持では分割納付計画を履行できない。
そもそも住民税も所得税と同様、収入から経費を差し引いた所得(手残り)に税率がかかってくるというのが基本的な考え。国税には消費税や源泉所得税のように一時的に預かる性格のものもある。これらの税金が滞納になっているのだから、現状維持ではなく、分割期間中(最大1年間)に納付分の①収入を上げるか②支出を下げるかの経営努力を強いられることになる。次年度の税金もある上、見通しがつかないご時世で、これがなかなか厳しかったりする。
突発的支出や収入減少のため経営困難になる状況を除いては、安易に分割納付を考えるのではなく一括納付の方法を最初に模索する方が、言ってしまえば後々楽な場合も多い。
闇金から借りて納付
ドラマでは闇金から金を借りて納付する滞納者妻に対して、納付を断るシーンがある。
これは現場ではしたことがない。というかできない。正直、納付された金の出所(金の色)については、職員には判断できない。そして、仮に闇金から金を借りて納付する場合でも、①金銭の消費貸借行為と②納付の行為といった滞納者の経営判断について、税務当局がああだこうだいう権利はない。何回も言うが徴収職員は経営のプロではないからだ。
ただ闇金の中には貸金業登録をしていないだけではなく、利息制限法を無視した法外な利息を取ることがある。
利息制限法 第一条 (利息の制限) 金銭を目的とする消費貸借における利息の契約は、その利息が次の各号に掲げる場合に応じ当該各号に定める利率により計算した金額を超えるときは、その超過部分について、無効とする。 一 元本の額が十万円未満の場合 年二割 二 元本の額が十万円以上百万円未満の場合 年一割八分 三 元本の額が百万円以上の場合 年一割五分
これを超える金銭消費貸借に係る利息は無効であり、払いすぎた利息がある場合は貸主側の不当利得として借主に返還請求権が生じる。俗にいう過払金というもの。
一方で国税の延滞税率は下記であるので、資金調達時には利率及び滞納のリスク等総合的に比較考量して、慎重に経営判断することをお勧めする。
国税通則法 第六十条 (延滞税) 2 延滞税の額は、前項各号に規定する国税の法定納期限の翌日からその国税を完納する日までの期間の日数に応じ、その未納の税額に年十四・六パーセントの割合を乗じて計算した額とする。ただし、納期限までの期間又は納期限の翌日から二月を経過する日までの期間については、その未納の税額に年七・三パーセントの割合を乗じて計算した額とする。
延滞税率は国税通則法上年14.6%(納期限の2か月後までは7.3%)であるが、昨今の景気状況から日本の平均貸付割合を加味して下記のとおり負担が軽減されており、概ね9%前後(納期限から2か月までは3%前後)となる。
租税特別措置法 第九十四条(延滞税の割合の特例) 国税通則法第六十条第二項及び相続税法第五十一条の二第一項第三号に規定する延滞税の年十四・六パーセントの割合及び年七・三パーセントの割合は、これらの規定にかかわらず、各年の延滞税特例基準割合(平均貸付割合に年一パーセントの割合を加算した割合をいう。以下この項及び第九十六条第一項において同じ。)が年七・三パーセントの割合に満たない場合には、その年中においては、年十四・六パーセントの割合にあつては当該延滞税特例基準割合に年七・三パーセントの割合を加算した割合とし、年七・三パーセントの割合にあつては当該延滞税特例基準割合に年一パーセントの割合を加算した割合(当該加算した割合が年七・三パーセントの割合を超える場合には、年七・三パーセントの割合)とする。
なお、上記の特例基準割合は一年ごとに財務省が公表する。
本当の敵は身内
ドラマでは部下に滞納者の滞納情報を流すよう守秘義務違反を唆す主任の姿が映っている。「敵は身内にあり」なんて半沢直樹の世界だけと思う人も多いのではないだろうか。ただこれは国税組織内でも同様なことが言える。
俺が国税1年目の時、内部事務処理を担当する部門で仕事をしていたんだけど、そこで20近く離れている先輩からは「本当の敵は身内にいる」と言われたことがある。当時言っている意味がよく分からなかったが、これはさっそく一年目に痛感させられることとなる。
確定申告の時期に他の部門にとある書類の回付をしたが、後になって書類が回ってきていないと言われ一時的に俺の責任が問われそうになったことがある。通常の書類は回付事績を整理簿に残す等、責任の所在が分かる仕組みがあるのだが、その書類はイレギュラーのもので事績を残す仕組みになっていなかった。結局のところ書類は回付していて、相手部門の人が手持ちしていたことがすぐに分かったんだけど、あのまま書類が出てこなかったら俺は懲戒処分となっていたのかもしれないと思うとゾッとする。
あとは上に行けば行くほど社内政治に巻き込まれる。上の人が上の人の悪口を言うのは当たり前であるので、飲み会の場ではそれとなくその話に合わせなければならない。17時以降も身内内の派閥争いで身の振り方を慎重に考えなければならず、とにかくめんどくさい。
外国人の滞納
ドラマでは農業の仕事をする外国人労働者の姿が描写されている。
地方に行けば行くほど一次産業従事者が多くなるので、外国人実習生が多くなる傾向がある。俺は2~3万人都市で勤務していたことがあるんだけど、外国人はかなり多い印象を受けた。
徴収共助
ドラマでは外国人が滞納したまま海外へ出国すると税金の回収困難になると説明があったが、国税では滞納者が国外逃亡を図っても滞納者の国内財産がない場合に、相手国との条約ににより国外財産から徴収が可能であるので逃げられない。これを徴収共助と言ったりする。この場合、国内の税金を徴収する国税徴収法が使えないので現地の税法による強制徴収手続きがなされるから、日本よりも厳しい話になるのではないかと思料される。
また、逆に海外の税務当局からの要請を受けて国税徴収法に基づき海外の滞納を徴収したりすることもある。
納税管理人
とはいえ、例えば納税義務の成立前に滞納者が帰国しなければならない事情等がある場合がある。この場合は国内に納税管理人を選任し、納税及び申告の代理をしてもらうこととなる。納税管理人を定めた場合には税務署に届出を行う。仮に申告納税義務があるのにも関わらず納税管理人が選任されていない場合には、国税側から納税管理人を選任することも可能。これを特定納税管理人制度という。
国税通則法 第百十七条(納税管理人) 個人である納税者がこの法律の施行地に住所及び居所(事務所及び事業所を除く。)を有せず、若しくは有しないこととなる場合又はこの法律の施行地に本店若しくは主たる事務所を有しない法人である納税者がこの法律の施行地にその事務所及び事業所を有せず、若しくは有しないこととなる場合において、納税申告書の提出その他国税に関する事項を処理する必要があるときは、その者は、当該事項を処理させるため、この法律の施行地に住所又は居所を有する者で当該事項の処理につき便宜を有するもののうちから納税管理人を定めなければならない。
同条(納税管理人) 4 第一項の場合において、同項の納税者が第二項の規定による納税管理人の届出をしなかつたときは、当該納税者に係る国税の納税地を所轄する国税局長又は税務署長は、この法律の施行地に住所又は居所を有する者で特定事項の処理につき便宜を有するもの(次項において「国内便宜者」という。)に対し、当該納税者の納税管理人となることを書面で求めることができる。 5 第三項の国税局長又は税務署長は、同項の納税者(以下この項及び第七項において「特定納税者」という。)が指定日までに第二項の規定による納税管理人の届出をしなかつたときは、前項の規定により納税管理人となることを求めた国内便宜者のうち次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に定める者を、特定事項を処理させる納税管理人として指定することができる。 一~省略
納税証明書/所得証明書
ドラマでは納税証明を発行するために市役所の納税課に訪れる納税者の姿が描写されれいている。事業資金の借入れや入札参加。建設業の許認可等で納税証明書や所得証明書が必要になることがある。
国税の納税証明書でも所得金額の証明は可能であるが、一般的に所得証明と言われるのは、市町村が発行するものであり、発行元が異なる。よく所得証明を取りに税務署に訪れる納税者がいるが、間違えないように注意したい。
また一口に納税証明書と言っても、証明を受ける事項に応じて証明書の種類が下記のとおり4つに分かれるため、何の証明が必要となるのかの確認も必要となる。因みに国税を滞納していた場合「その3」を発行することはできないが、その1及び2は発行することができる(4は場合による)。そして、地方税の滞納は国税の納税証明には影響がない(逆も同じ)。
証明書の種類 | 証明内容 |
その1 | 納付すべき税額、納付した税額を及び未納税額等の証明 |
その2 | 所得金額の証明 |
その3 | 未納税額がないことの証明 |
その4 | 証明をうけようとする期間に、滞納処分を受けたことがないことの証明 |
財産調査
滞納者の雇用者(人材派遣会社)の預金調査を行った結果、雇用者が滞納者から特別徴収した住民税を横領していたことが発覚したシーンがある。人材派遣会社の社長は「こんなとことろ(自分の預金)まで調べるのか」と激怒していたが、普通に調べることがある。
徴収職員には当然ではあるが下記のとおり質問検査権が与えられている。なお、これに答えなかった場合には罰則もある。
第百四十一条(質問及び検査)
徴収職員は、滞納処分のため滞納者の財産を調査する必要があるときは、その必要と認められる範囲内において、次に掲げる者に質問し、又はその者の財産に関する帳簿書類(その作成又は保存に代えて電磁的記録の作成又は保存がされている場合における当該電磁的記録を含む。)を検査することができる。
一 滞納者
二 滞納者の財産を占有する第三者及びこれを占有していると認めるに足りる相当の理由がある第三者
三 滞納者に対し債権若しくは債務があり、又は滞納者から財産を取得したと認めるに足りる相当の理由がある者
四 滞納者が株主又は出資者である法人
第百八十八条
次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 第百四十一条(質問及び検査)の規定による徴収職員の質問に対して答弁をせず、又は偽りの陳述をした者
二 第百四十一条の規定による検査を拒み、妨げ、若しくは忌避し、又は当該検査に関し偽りの記載若しくは記録をした帳簿書類を提示した者
ドラマの場合、上記法律のいう「滞納者に対して債権債務があり、又は滞納者から財産を取得したと認めるに足りる相当な理由がある第三者」にこの人材派遣会社が該当するので預金調査が法律上可能となる。
このように滞納者の取引先や元請先を調査することがあるが、その取引先や元請会社からしてみれば、滞納者と取引をすることでこのような面倒な事態が想定されるという点で、滞納者の調査をした際に取引が消打切られるという経営判断がされることが多い現状がある。こういったことから、まだまだ滞納に対して世間の厳しい目があるという点で日本の未来は明るいと感じる。
ただ、その中には強固な信頼関係が構築されていたりして、取引を継続する取引先もあるので、結局のところその業者間の信頼度が試される。
「皆さんが暮らしにくい街になっているのは私たちの責任」
ドラマでは貧困に苦しむ滞納者とその雇用者に対して、その現状があるのは自分たちの責任でもあると徴税吏員が説明するシーンがある。
そんなはずはない。滞納者が資金繰りに窮している状況について、いっぱしの徴収職員の責任なんてない。誤解を恐れず言うならば、徴収職員が取立に来ようが来まいがドラマの滞納者の暮らしは、そのまま改善がなければ、いずれジリ貧。弱者のままでは淘汰されていくのが自然の摂理で資本主義の仕組みだから、きれいごとが通用する世界ではない。
ただ思うに、上記のような弱肉強食な世界でも、きれいごとが現実にあるかののように信じれることは、人間の美しい部分であると思う。人生生きていれば沢山の壁にぶつかり、どうしようもなくなり、目の前が真っ暗になる時もあると思う。でもそんな中でも未来を信じて前に向かう姿勢をとることができるのが人間である。
例えば「初詣」では、今年はどんな一年にしたいか、自分の理想の一年をお願いしに行くが、この時に自分の人生を前進させようとする思いや熱量は、人間ならではの素敵な一面であるといえる。
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