はじめに
俺は国税専門官として国税局に採用され、7年間仕事をしていたんだけど、そのうち6年間はずっと国税徴収官として、国税の滞納整理事務(滞納処分事務、国税の徴収事務)に従事していて、何百人という数の経営者と話をしてきた。
実際にドラマに似たような展開だったり、修羅場だったりをうんざりする程経験してきたから、その経験をもとに、現在絶賛放送中の土曜ドラマ「ゼイチョー~払えないには訳がある~」について、解説と独断と偏見にまみれた感想を語っていきたい。ドラマの突っ込み所はかなり多かったが、一つ一つ指摘していくとキリがないので、だいたいで書いていきたい。
土曜ドラマ「ゼイチョー~払えないには理由がある~」とは
2023年10月から、日本テレビにて土曜ドラマ「ゼイチョー~払えないには理由がある~」が放送されている。
これは滞納税金を徴収する市役所の「徴税吏員」の仕事にスポットを当てたドラマで、菊池風磨が主演を務めることから、放送開始前から話題となっていた。
徴税の現場について、強制的な「取立て」をイメージする人が多いと思うが、「取立て」の側面からのみではなく、「滞納の理由」と「滞納者のお金と心」にも寄り添った徴税吏員の側面を描いたヒューマンエンターテインメントドラマであるとのこと(日テレ土曜ドラマ「ゼイチョー~払えないには理由がある~」HPより参照)。
原作は慎結先生による漫画作品「ゼイチョー!〜納税課第三収納係〜」である。
市町村の納税課
ドラマで登場する市町村の納税課徴収係は、主に固定資産税、市町村民税などの地方税の滞納を徴収する係であり、俺がいた所得税や消費税などの国税を徴収する国税局(税務署)の徴収担当部門とは組織が全く異なる。
市町村が差押えを行った際に、その差押えについて、税務署に問い合わせが来ることがよくあるが、組織が違うため、その詳細について税務署は答えようがないから注意してほしい(またその逆も注意)。
また、徴税担当部門の名前もそれぞれの地方で異なり、収納対策〇係とか徴収係とか納税係とかがある。
地方税の徴収実務は「地方税法」を根拠とするが、そのほとんどは「国税徴収法」を例にしており、滞納整理の現場においては、国税局も市町村も基本的に同じ法律の考えを元に滞納処分を行っていくことになる。同じ内容の仕事で、かつ、仕事の中では国税職員と市町村の徴税吏員の接点は多いことから、今回のドラマは元職場のドラマを見ているようで個人的に親近感が湧く。
バイクの差押え
ドラマ(1話)は、二輪車にタイヤロックをして、差押を行う過激な描写からスタートする。滞納者との緊迫したやり取りが始まったように見えたが、実は捜索のデモ練習であったのは面白かった。以下テキストには国税徴収法を引用する。
第五十六条 1 動産又は有価証券の差押は、徴収職員がその財産を占有して行う。
第六十条 1 徴収職員は、必要があると認めるときは、差し押えた動産又は有価証券を滞納者又はその財産を占有する第三者に保管させることができる。ただし、その第三者に保管させる場合には、その運搬が困難であるときを除き、その者の同意を受けなければならない。 2 前項の規定により滞納者又は第三者に保管させたときは、第五十六条第二項(動産等の差押の効力発生時期)の規定にかかわらず、封印、公示書その他差押を明白にする方法により差し押えた旨を表示した時に、差押の効力が生ずる。
第六十一条 1 徴収職員は、前条第一項の規定により滞納者に差し押えた動産を保管させる場合において、国税の徴収上支障がないと認めるときは、その使用又は収益を許可することができる。
自動車は徴収法上「不動産」に分類されるのに対し、二輪車は「動産」に分類されため、差押えは徴収職員がそのバイクを占有することで完了する。差押えた財産は①即時引き上げ(レッカー)を行うか、②その滞納者に保管させるかとなるが、その時の状況に応じて徴収職員が判断する。また、自動車の類は特に滞納者に使用させることで、財産価値を減価させるから、使用収益の禁止措置としてタイヤロック、ハンドルロックを講じることが多い。
因みに差押財産の公売を行うと一般市場価格と比較して、7割程度の値段しかつかない。これは差押を行ったことでいわゆる「いわくつき」状態となるからである。これを公売の特殊性と言ったりする。だから公売になる前に自主納付が一番望ましい。
捜索
ドラマでは警察官2人を立会人として捜索を実施する描写がある。
第百四十二条 徴収職員は、滞納処分のため必要があるときは、滞納者の物又は住居その他の場所につき捜索することができる。
第百四十四条
徴収職員は、捜索をするときは、その捜索を受ける滞納者若しくは第三者又はその同居の親族若しくは使用人その他の従業者で相当のわきまえのあるものを立ち会わせなければならない。この場合において、これらの者が不在であるとき、又は立会いに応じないときは、成年に達した者二人以上又は地方公共団体の職員若しくは警察官を立ち会わせなければならない。
国税地方税の徴収には自力執行権があるため、裁判所の令状なしに強制的徴収手続きの一環として捜索ができる権限がある。因みに俺は「令状があるのか、令状を見せろ」などと言ったドラマのような抵抗をされたことは一度もない。「令状は必要ありません」とか説明したことがない。
ドラマでは警察官2人を捜索の立会人としているが、立会人が警察官であれば、本来1人で足りる。一般人であれば2人必要。
そして決め台詞のように「〇時〇分捜索を開始します」と捜索の宣言をしているが、この宣言も捜索の要件にはなっていない。本来不要なので黙って捜索してOK。捜索ではその徴収職員の目利きの良さが問われる。例えば捜索中に時計を発見したとしても、アメ横に売っているようなパチモンだった場合、公売前の鑑定評価の段階で「価値なし」となるから、差押えが無駄になる場合があるからだ。
因みに無人の家を捜索することも可能で、その場合の開錠費用は滞納処分費として、滞納者から滞納税金と同じように徴収することとなる。
封印
冷蔵庫、テレビ、時計などもバイクと一緒で徴収法上動産に分類されるから、徴収職員が占有(簡単に言えば自分のものにする)することで、差し押さえる。差し押さえた財産を滞納者に保管させる場合には基本的に封印を使う。
第六十条
2 前項の規定により滞納者又は第三者に保管させたときは、第五十六条第二項(動産等の差押の効力発生時期)の規定にかかわらず、封印、公示書その他差押を明白にする方法により差し押えた旨を表示した時に、差押の効力が生ずる。
封印には「これは差押物件ですよ」という文言が書かれており、棄損した場合には罰則がある。昔は赤札と言われていたようであるが、今は実は赤くない。
あまり知られていないが上記の条文にもあるように、公示書を使用する方法をとったりする。公示書とは、どんなものが差押財産なのか公衆が知り得る状態に置くための書面で、名前のとおり公衆が見えるところに貼る。
どちらも民法上の動産における即時取得の平穏公然善意無過失占有を防止するものである。
差押禁止財産
憲法上保証された生存権を担保する側面から、税の徴収手続きについても一定の制約として差押禁止財産が定められている。
ドラマでは冷蔵庫が差押禁止財産とされていたが、あれは差押禁止財産に該当しない。なぜなら専ら靴下を冷やす使われ方をしていたから。その物の態様や使われ方によっては下記に定められているものでも差押禁止財産に該当しないものもあり、また、条件的に差押を禁止されている財産もあるがここでは割愛する。
第七十五条 次に掲げる財産は、差し押えることができない。 一 滞納者及びその者と生計を一にする配偶者(届出をしていないが、事実上婚姻関係にある者を含む。)その他の親族(以下「生計を一にする親族」という。)の生活に欠くことができない衣服、寝具、家具、台所用具、畳及び建具 二 滞納者及びその者と生計を一にする親族の生活に必要な三月間の食料及び燃料 三 主として自己の労力により農業を営む者の農業に欠くことができない器具、肥料、労役の用に供する家畜及びその飼料並びに次の収穫まで農業を続行するために欠くことができない種子その他これに類する農産物 四 主として自己の労力により漁業を営む者の水産物の採捕又は養殖に欠くことができない漁網その他の漁具、えさ及び稚魚その他これに類する水産物 五 技術者、職人、労務者その他の主として自己の知的又は肉体的な労働により職業又は営業に従事する者(前二号に規定する者を除く。)のその業務に欠くことができない器具その他の物(商品を除く。) 六 実印その他の印で職業又は生活に欠くことができないもの 七 仏像、位牌はいその他礼拝又は祭祀しに直接供するため欠くことができない物 八 滞納者に必要な系譜、日記及びこれに類する書類 九 滞納者又はその親族が受けた勲章その他名誉の章票 十 滞納者又はその者と生計を一にする親族の学習に必要な書籍及び器具 十一 発明又は著作に係るもので、まだ公表していないもの 十二 滞納者又はその者と生計を一にする親族に必要な義手、義足その他の身体の補足に供する物 十三 建物その他の工作物について、災害の防止又は保安のため法令の規定により設備しなければならない消防用の機械又は器具、避難器具その他の備品
第二世の滞納/業績悪化
これはマジである。親が独立開業し、完璧な経営基盤を築いて、やっとのこと経営者の地位を引き継いだ矢先、業績が急変するパターン。
理由は徴収のプロでしかない(元)徴収職員にはわからないが、おそらく経営者独特の挑戦思考の有無が関係しているのではないだろうか、と思うなどした。モーガン大佐とヘルメッポの関係に似ていると思う。
窓口で響く怒鳴り声
ドラマでは、トレンディーエンジェルの斎藤さんが納付書片手に納税課へ怒鳴り込んできている描写がある。
これは普通にある光景で、怒鳴り込んでくる人の属性も忠実に再現されていて感心する。行政手続に瑕疵があるなら話は別になるんだけど、法律を度返しした一方的な主張に終始して、最後はスッキリして帰っていく人が経験上多い。職員はどんなに理不尽な主張を受けても、相手のように怒鳴り返すことはしないから、サンドバックとして使える。これようなケースでは恐らく①一時的な感情を発散できるメリットと②ワンチャン言い分が認められるんじゃないかの精神でやって来ているのだと思うが、窓口に来る時間と費用、法律を度返しして自分の言い分が通る可能性、誰かに怒鳴り声を聞かれるデメリット等を比較考量するとあまり旨味はない。
特に経営者は公務員と違って自分の働きが収入に直結することから、自分の時間をいかに有効的に使うかが求められる。無駄な時間は過ごさない方がお互いのためになる。ただ、国の目線で見れば、税金は滞納され、職員の時間給分の税金を費やすことになるから、大損害を与えることができ、嫌がらせという意味では効果的かもしれない。
実際に財産を差押をした滞納者が、窓口に怒鳴り込んでくるのはよくある話で、何度も経験している。とても懐かしく感じた。ただ、差押えでぶっ飛んでくる滞納者は、対話を望んでいるという点でまだ正常な経営者として更生は可能。差押をしても何も音沙汰がない滞納者には、即刻更なる差押が待っているのだが、いつまでたってもその経営者自身の中身は「滞納者」から「納税者」に戻らないから同じことを繰り返すことが多い。犯罪者の再犯率が高いのと同じ構図。
お茶、お菓子を受け取れない
ドラマでは滞納者宅に臨場した主人公が、出されたお茶とお菓子を断る描写があった。
実際のところ最近はそんなに厳しくないから、出されたお茶やコーヒーはその場で頂く職員も増えている。お土産等の贈収賄が疑われるようなものは流石に禁止されているが、お茶を貰ったところで今のご時世そんな問題にはならない。ただこの世の中には、悪意に満ちている者は必ずいるので、いずれ足をすくわれる可能性も少しはあるのだと思う。
俺はお茶、お菓子の提供を受けても、全て断っていた。理由は情が移るから。これから厳しい話をすることが多い仕事で、お茶やお菓子を出されると心の踏ん切りがつかない。そして、話し終わった後に捨てられるお茶とお菓子を見るといつも胸が痛くなっていた。
誰よりも苦しい状況にいるはずの滞納者が笑顔で誠実
ドラマでは、滞納者が自殺未遂を図る前日に、臨宅をした主人公に対して、笑顔を絶やさず誠実に対応する滞納者の姿が描写されていた。
人生いい時もあれば悪い時もあって、経営者で言えば、悪い時には俺みたいな徴収官が取立に来たりする。いい時には周りにいい顔ができても、悪い時や辛い時、大変な時にはその人の人となりが垣間見えたりする。
徴税の現場では、そのような所謂、人生の冬の時期にいる人と相対することが多いんだけど、そこには周りに当たり散らす人、暴力や非行に走る人、精神を病む人、酒、女、宗教、薬に溺れる人などたくさんの人がいる。人間は弱いものだから、良い悪いは置いといてある意味仕方ないと思うし、何かに逃げることで目の前のどうしようもない現状を一時的に乗り越えていくしかない時も分かるから、一概に否定するつもりはない。ただ中には、そんな辛い状況の中でも厳しい話をしに来る徴収官に対して、誠実で、優しくて、常に笑顔を絶やさない態度を取れる器の人がいる。俺がその人の立場に立ったら、そんな器を見せれる自信がない。その人の人となりを垣間見たとき、俺もこういう人となりの人間でありたいなんて思ったりする。
自殺の第一発見者になる。
ドラマでは資金繰りに窮していた滞納者が、自分に生命保険をかけて自殺未遂を起こし、遺書には「死亡保険金で税金を払う」旨が記載されている描写があった。
これはよくあることではないが、たまにある。俺は経験したことはないが、経験している先輩を知っている。ただ、税金のために自殺するのは悪手である。生命保険契約の内容、タイミングによっては、国が死亡保険金を取立てできず、第三者が受け取ることとなったりする。その場合保険金を受金した者が代わりに納付をすればいいが、納付されなかった場合、この滞納に係る税金の納税義務が、負の財産として子や親などに相続され、その相続人が今度は滞納処分を受けることとなる場合があるからである。
経営に口出しする
ドラマでは資金繰りに窮する滞納者に対して、個別の銀行のパンフレットを渡し、不動産を担保に銀行借入のあっせんをしていたが、これは実務では絶対にやらない。
徴収職員は税金徴収のプロでしかないから、当然経営のプロではない。自分の専門領域以外の指南をすることはかなり危険で、仮にその指南のとおりにした滞納者が、損害を被っても公務員では責任はとれない。民間企業との癒着禁止の観点からも、個別の銀行へのあっせんは問題となる。ただ、延滞税率及び滞納のリスクは想像を絶するものがあるから、それを比較考量して借入をする選択をする者は多い。借り入れをするかどうかはあくまで経営判断であり、経営者が責任をもって考える領域である。
追い詰められた滞納者が襲ってくる
ドラマでは滞納処分による捜索で追い詰められた滞納者が攻撃してきたり、「金、金、金、全部もってけ~」と、隠していた札束を天に放り投げるなど、追い詰められ、やけになっている描写がある。
捜索で財産を発見し、差押えを行ったら大半は観念することが多い印象がある。経験では過去に一度、ビックマンに入った小銭を差し押さえようとした時、そのボトルを地面に叩きつけられたことがあったくらい。
捜索時以外には署内面接ブースの敷居をぶん殴り、暴れられたり、殴るぞと拳を上げて脅されたりと(立派な公務執行妨害罪)、意外に攻撃的な滞納者はいるかもしれない。話せないこともあるし、こういう類のことは腐る程経験してきたんだけど、ここでは割愛。
「疲れていたんなら(徴収職員の私に)言ってください」
経営難で心身ともに疲れ果て、自殺未遂をした滞納者が病院のベットから目覚めた際に、主人公が言った言葉。こんなことになる前に私に悩んでいたことを何でも相談してほしいの意で言っている。
滞納者が徴収職員にプライベートを相談できるわけがない。徴収職員は会話をしながら、徴収の端緒を探している。それは恐らく相手もわかっているし、警戒している。相談ができるような状況は作られていない。
また、住む世界がまるで違う公務員(狭い世界で生きている)に何を相談することがあるのか。まじでない。
そして何より、徴収職員は相談員やカウンセラーではなく、法律を執行する行政官である。何回も言うが、徴収職員は税のプロフェッショナルであるが心理カウンセリングのプロではない。
最後に
ドラマを見ていて当時仕事をしていた頃を思い出して、懐かしく感じた。
思い出が美化される前に、思ったことを形に残す意味合いも込めて、ここに綴る。2話以降も視聴して感じることがあれば記事を作りたい。
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